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火垂るの墓
2012-10-24-Wed  CATEGORY: 泣きたい方へ(邦画)
 
ほとんどの人は観たことあるんだろうなー^^

【あらすじ】

1945年(昭和20年)9月21日、清太は省線三ノ宮駅構内で衰弱死した。清太の所持品は錆びたドロップ缶。その中には節子の小さな骨片が入っていた。駅員がドロップ缶を見つけ、無造作に草むらへ放り投げる。地面に落ちた缶からこぼれ落ちた遺骨のまわりにがひとしきり飛び交い、やがて静まる。

太平洋戦争末期、兵庫県武庫郡御影町(現在の神戸市東灘区)に住んでいた4歳の節子とその兄である14歳の清太は6月5日神戸大空襲で母も家も失い、父の従兄弟の未亡人である兵庫県西宮市の親戚の家に身を寄せることになる。

当初は共同生活はうまくいっていたが、戦争が進むにつれて諍いが絶えなくなる。そのため2人の兄妹は家を出ることを決心し、近くの貯水池のほとりにある防空壕の中で暮らし始めるが、配給は途切れがちになり、情報や近所付き合いもないために思うように食料が得られず、節子は徐々に栄養失調で弱っていく。清太は、畑から野菜を盗んだり、空襲で無人の人家から物を盗んだりしながら生き延びる。やがて日本が降伏し戦争は終わった。敗戦を知った清太は、父の所属する連合艦隊も壊滅したと聞かされショックを受ける。

節子の状態はさらに悪化し・・・・・・
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【感想・レビュー】

戦争って悲惨ですよね。

これはある一つの兄弟の物語ですがこういった経験をしたかたはたくさんいるのだと思います。

子供だけであの時代を生き抜くのは非常に厳しく辛いことだと思います。

生きるために盗みをはたらくのなんて当たり前だったようです。

どうして仕事を探さなかったなんて思う人がいるかもしれませんが、戦争中は自分が食べるために勝手に働くことが禁じられていて、全員が戦争のための仕事だけをして、政府から給料の代わりに配給という現物支給される決まりでしたから、仕事を探すことは不可能だったのです。

そういった部分を理解して観ることをお勧めします。

兄はどんなことをしても幼い妹を守ろうとしたし、楽しませようと努力した。


そこには確かに小さくも幸せはあったのかもしれません。

戦争の悲惨さを知り、愛情の大切さを教えてくれる作品でした。

ラストシーンはきっと涙が止まらなくなるでしょう。


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